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権威と服従の関係 善良な人が悪事に手を染めるメカニズム

今回は権威と服従というテーマでお送りします。

なんだか物々しいテーマのように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は私たちの社会生活において、この権威と服従の関係は至る所に見受けられます。

一例として、企業における上司と部下の関係は、まさに上記の関係を体現しているものといえるでしょう。ただ、注意していただきたい点として、通常どおり業務を遂行する場合においては、権威と服従の関係はあまり気になりません。上司の肩書きという権威によって、企業というひとつの社会集団の統制が取れるわけですから、むしろ好都合というわけです。もし、権威と服従の関係が成立しないとしたら、部下は上司の言うことを聞かず、身勝手な行動を取り続けてしまい、結果として社会集団の崩壊を招いてしまうでしょう。

権威と服従の関係のネガティブな側面は、権威者が悪意を持っているケースにおいて顕著にあらわれます。ニュース等で見られる企業の組織的な不正を見てみると、たいていの場合は上司(または上司の上司)からの指示によって、部下が不正行為に手を染めてしまった、というケースが多いように思います。

企業にお勤めの方であれば、ほぼ全ての人が学校等で「不正はいけないことだ」という教育を受けてきたはずです。よって、部下の立場の人に「社会正義を侵害してやろう」という積極的な害意があったかというと、(一部はそうかもしれないですが)必ずしもそのような意図を持っていたとはいえず、むしろ「本当はこんなことはやりたくなかった」と自身の内面の葛藤を述べることが多いと思われます。

上記のような、権威と服従の関係が悲惨な結果を招くケースは、心理学の研究おいても実証されています。

今回は、具体的な研究の内容から権威と服従の強力な関係性について説明し、私たちが実社会において、どのように権威と服従の関係と向き合うべきかを考察したいと思います。

参考文献は『服従の心理』です。

この実験では、「実験者」である教授(権威)が、記憶と学習に関する科学研究という目的で被験者を募集し、2人1組のセットにします。1人を「先生」役に指名し、残り1人が「学習者」役になります。

 (中略)二人の人物が、記憶と学習に関する研究に参加すべく、心理学の研究室にやってくる。一人が「先生」役に指名され、一人が「学習者」役となる。実験者は、この研究は罰が学習に与える影響を調べるものだと説明する。学習者は一室に通されて、椅子にすわらされ、両腕は動きすぎないように縛りつけられ、手首に電極がつながれる。そして、対になった単語の一覧を覚えるよう言われる。まちがえたら電撃が与えられ、それがだんだん強くなる。

 実はこの実験の本当の関心対象は、先生役のほうだ。学習者が縛りつけられるのを見たあとで、先生役は主実験室につれていかれ、大げさな電撃発生器の前にすわらされる。大きな特徴は、水平に並んだ三十個のスイッチで、一五ボルトから四五〇ボルトまで、一五ボルトきざみになっている。またその強度はことばでも「軽い電撃」から「危険:過激な電撃」まで書かれている。先生役は、別室の人物に学習試験を施すように言われる。学習者が正解を言えば、次の項目に移る。まちがった答えを言ったら、先生役は電撃を与えるよう指示される。いちばん低い電撃レベル(一五ボルト)から始めて、まちがえるたびにそのレベルを上げ、二回目は三〇ボルト、その次は四五ボルト、と増やすように言われる。

 この「先生」役は本当に何も知らない被験者で、実験に参加するために研究室にきただけだ。一方、学習者のほうは役者で、実は電撃ショックなどまったく受けていない。この実験のポイントは、具体的で計量可能な状況において、抗議する被害者に対してどんどん強い苦痛を与えるように命じられたとき、その人がどこまでやるかということだ。どの時点で被験者は実験者の指示に逆らうだろうか。

ここでは、電撃の強度によって学習者(被害者)のリアクションが変化し、徐々に実験の中止を訴えるようになります。

七五ボルトでうめく。似たような反応が九〇ボルトや一〇五ボルトの電撃でも見られ、一二〇ボルトで被害者は実験車に、電撃が苦痛になってきたと叫ぶ。苦痛のうめきが一三五ボルトで聞かれ、一五〇ボルトで被害者は「実験の先生、出してくれ! もうこの実験には参加しない。これ以上は続けないぞ!」と叫ぶ。この種の叫びがだんだん強度を増して続き、一八〇ボルトでは「痛くて死にそうだ」となり、二七〇ボルトだと電撃への反応は、まちがいなく苦悶の絶叫となる。一五〇ボルトから一貫して、かれは実験から出してくれと訴え続ける三〇〇ボルトでは、もう記憶テストに答えないぞと絶叫的に叫ぶ

 (中略)三一五ボルトで激しい絶叫の後、被害者はもう自分は実験への参加はやめたと、再び断言する。そして回答をしないが、電撃を加えるたびに、苦悶の悲鳴を上げる。三三〇ボルトを超えると、もはや何の声も聞こえず、四択信号に回答が表示されることもない。

実験前の段階では、おおよそ150ボルト程度で「先生」役の人が実験を中断させるものだと

予想されていました。

しかし、実験を開始してみると、なんと40名の被験者のうち26名(65%)が最大電圧の450ボルトまで被害者に対して電撃を浴びせ続けたのです。被害者の阿鼻叫喚を目にしているにも関わらずです。なぜでしょう? 被験者が元々サディスティックな性格の持ち主で、電撃を与えることを楽しんでいたからでしょうか? ですが,募集媒体等には「電撃」に関するキーワードは登場していませんし、年齢や職業等によって様々な属性の被験者を募集していました。よって、被験者全員がサディスティックな性格の持ち主であるからだと考えるのは難しいでしょう。実態はもっと複雑です。

実はほとんどの被験者は、被害者が叫び始めたタイミングで、実験者(教授・権威)に対して実験中止を求めていました。しかし、実験者が被験者の要求を無視し、淡々と実験を継続するように指示したのです。被験者は、実験者の指示に逆らうことができずに、内面に葛藤を抱えたまま電撃を与え続けていた、ということになります。

この実験からどのような教訓が得られるでしょう?

ひとつ考えられるのは、人々は権威を前にすると、状況によっては自分が思っていることと反する行動をとってしまいがちになる(自分が正しいと思っている行動を貫けなくなる)、ということでしょう。上記の実験は、冒頭でご紹介した企業における組織的な不正の話ともリンクしてくるのではないかと思います。

権威と服従の関係は、社会に生きる人間にとって宿命ともいえる構造なのかもしれません。では,もし権威が暴走し組織が悪い方向に進みそうな場合はどうすれば良いでしょう? これについて完璧なソリューションを提供することは非常に難しいですが、一案として「別の権威を頼る」のが有効ではないかと思います。医療サービスに例えると、別の医師からセカンドオピニオンをとるイメージです。

実社会においても、監査等の外部組織によるモニタリングによって不正を回避する企業も増えてきています。プライベートにおいても、社外で信頼できる「権威」をいくつかホールドしておくことで、ひとつの権威への依存状態を減らすことができるため、結果として、不正に手を染めるリスクを軽減できるのではないかと考えられるのではないでしょうか。

[参考文献]
スタンレー・ミルグラム 著,山形浩生 訳『服従の心理』

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